私が普段している仕事は営業です。
現在、地方の中小企業でクソみたいな給料で働いております。
大学を卒業して新卒で入った会社は1年半で辞め、そこから1年半くらいバイトをして今の会社に入った感じ。
この仕事楽しい、最高って感じることなんて1%くらい。
99%はキツい、ダルい、やりたくない、一秒でも早く帰りてえ…って思う。
それでもやるときはパンパンと頬を叩き、お客様からの要望に応える一ノ瀬拓海。
「この案件ユーザーの予算が厳しいから、もうちょっと安くしてくれない?」
「この製品が1週間後に絶対いるんだけど何とか間に合わせられない?他社にも聞いたけど無理でさ」
「おい、納品してもらった製品に不良があるぞ!すぐ来て見てくれ!」
「ちょっと見積してほしいものがあるんだけどさ、ざっと100点くらいあるけど今週中に出せる?」
もちろん全ての要望に100パーセント応えられるわけじゃないし、事あるごとに値引きをチラつかせてくる客とか普段全然注文してくれないのに死ぬほど面倒くさい仕事を振ってくる客は断ったりするけど。
私を信頼してくれて、期待してくれて仕事を任せてくれる客には何とかして応えたい。
キツイとき、辛いとき、全てを投げ出したくなるとき、ミスして自分の無能さに死にたくなるときも多々あるけど最後は「やるか!」ってひと踏ん張りして。
仕事が無事に終わって「ありがとう」「助かったわ!」「また頼むわ」って言われる。
自分が見つけてきたお客さんが最初はちょっとしたものの注文だったのが、数十万、数百万の注文を出してくれるようになったり。
そういう時は嬉しいし、やりがい・達成感があるし、頑張って良かったって思える。
ほんのちょっと、ほんの1%くらいは働いてて悪くないじゃんって思える。
初めて勤めた会社は仕事内容がクソ、人間関係もクソでストレスで頭が狂いそうになってたけど。
今の職場は仕事にも上司にも結構恵まれてるなーって。
まあ時間かけた見積りが通らなくて他社のほうが安いからそっちに注文したとか、何社も仕入先をあたってやっと納期が間に合うところを見つけたら他で早いところがあったからそっちに頼んだなんてこともある…
てめえ、だったら最初からこっちに聞いてくんな!俺に聞いてきたんならもう少し待ってから他のとこに聞けよ!
ぶっ殺すぞ!
そう思うときもあるけど、まあお客さんにも事情があるよなって飲み込んで。
また次の仕事に取り掛かる。
そうこうしているうちにちょっとずつ仕事の話だけじゃなくて雑談もしたり、お客さんの昔の話を聞けたり、お互い仕事の愚痴を言い合ったり、飲みに連れていってもらったりして。
私、自分で言うのもなんですけど結構年上の人に可愛がってもらえるんですよ。
面白いやつ、良いやつ、可愛いやつって。
あ、女の子にはそんなモテてないんですけどね。
って言うてる場合か!
仕事が楽しくてしょうがないとか、寝食忘れるほど好きってわけじゃない。
どんな仕事でも大変な部分と充実を感じるところがあって、その割合としては圧倒的に大変な部分のほうが多いと思うんです。
何が言いたいかっていうと、好きなこと・やりたいこと・得意なことを仕事にしろって確かに一理あるかもしれないけど結局ほとんどの人に当てはまらないんじゃないか?
私は確かにバスケが好きですけど、今からプロになれるわけじゃない。
バスケをプレーするだけで生きていけるほどの収入は絶対に望めない。
(絶対にないけど)もし仮に今からプロとして契約してくださいと言われたとしても趣味から仕事になった途端、もっと上手くなって結果を出さないといけない、結果を残せなければ契約解除されて無職になるプレッシャーや苦悩を常に抱えることになるだろうし。
例えば絵を描くことが得意な人がそれだけを仕事に生きていこうと思えば、それが十分な収入になるレベルの実力、スキル、努力、知名度、売り方や見せ方も必要になってくる。
どれだけ絵を描くことが好きでもヘタな絵のまま、努力しないまま、誰にも知られないまま、誰もお金を払いたいと思わないままだとそれを仕事にしていくのは困難ですし、「何で努力してるのに俺の絵は売れないんだ」と自信がなくなって最終的には絵を描くことが嫌いになって辞めてしまうかもしれない。
つまり、「好きなこと」を仕事として成り立たせるためには単に自分がやりたいことをすればいいというだけでなく、現実的な計画やスキル、価値を提供する責任、努力、嫌なことや苦しいことに耐える力が求められます。
僕は「何かで稼がなきゃいけないんだ」とずっと思っていましたから、小説家で食べていくとか絵描きで食べていくかというのは、「希望」じゃないんですよね。「何をやって食べていきたいか」じゃなくて、「どうやったら食っていけるか」を考えていた。
大学で絵も描いていたんだけれども、食べていけるほどの腕がない。いよいよ4年生になって、おやじも仕送りを止めると言うし。仕方がなくて、小説、書いたんですよ。小説書きというのは、みんなそんな感じだと思うんですよね。
だから、いっぱい選択肢があって、ファミレスのメニューから選ぶみたいに小説家になることはあり得ないです。そういった意味では、小説家に限らずすべて同じだけれども、何かを「選ぶ」というのは、ちょっと違うような気がするんですよね。
結局、その仕事に向いている人が仕事をやるときって、淡々とやると思うんですよね。「醍醐味」とかじゃなくて、仕事というのは淡々とやるものなんですよ。つらいとか、苦しいとか、これがすごいとかでやっているうちは、まだ僕はアマチュアじゃないかと思うんです。淡々とやるんですよ。
例えばサッカーの中田英寿選手と話すときにも感じることですが、ゴールが決まったときはきっと嬉しいでしょうし、試合に出れないときはつらいでしょうけど、それでやっているわけじゃないんですよね。長い時間軸のポイントごとの、どこが面白くてどこがつらいかという一つ一つに反応してやっているわけじゃない。もうそれ以外に生き方がないからやっているわけです。でも、淡々とやっているから充実感がないかというと、そんなことはないんです。
好きなこと、得意なことを仕事にすると「適度な距離感」が保てなくなる。
どれだけ好きな恋人でも四六時中一緒にいたらしんどくないですか?ちょっと一人にさせてくれって思いません?
どれだけ好きなことでも一日8時間を週5日やれ、ちゃんと見える結果を出せって言われたら地獄じゃないですか?
仕事とは自分が持っている価値(時間、スキル、労力など)を対価(お金)と交換することです。
嫌なこと、しんどいこと、上手くいかないと感じることがあっても価値を提供する責任が発生する。
その価値が小さければ、他人に伝わらなければ当然、得られる対価も少なくなり生きていくのに十分なお金は稼げない。
好きとか得意とかやりたいと思えることって上手くいかなかったときの反動も大きくなりやすい。
俺、これが仕事にできると思ってたのにいざやってみたら全然結果出ないじゃん。
俺、これが得意だと思ってたのに自分より凄いやつと比べたらクソザコじゃん。
みたいな。
私自身、今の仕事が続いているのって別にそこまでやりたくないっていう部分も大きいなーって感じてて。
好きじゃないからヘコミすぎない、所詮仕事だからって割り切れる。
けど、お客さんの信頼には応えたいからやるべきこと、自分に出来ることはやる。
その中で成長できたって感じることはたくさんある。
仕事への考え方や向き合い方、スキル、対人のコミュニケーション、忍耐力…
で、これって好きなことだったら多分できてない経験だよなって。
私はこれまで居酒屋、工場での軽作業、塾講師などの仕事をしてきましたけどそれらの経験から気づいたのは何が好きか、何が得意かじゃなくて
何なら続けられるか、何なら耐えることができるか
ここが仕事を選ぶうえで大事だよなって感じてて。
私は居酒屋や工場の仕事では正直言って無能でした。
スピードに追われる仕事、マルチタスクが求められる仕事、同じことを延々続ける仕事だとミスを連発するし、頭が狂いそうになる。
営業だとそれなりに人と話すことはできるし、ある程度は自分で仕事のスピードやどの業務を優先させるかを決めることができる。
大変なことも多いし、物凄く得意とか向いてるって思わないけど唯一自分が続けることができる仕事かなと。
好きなこと、やりたいことだけを仕事にできている人もいるでしょう。
素直に凄いと思います。
けど、往々にして仕事っていうのはきついこと、しんどいこと、やりたくないこと、上手くいかなくて悩むことがセットになってる。
結局は努力、忍耐力が必要になってくることがほとんど。
やりたくないことや苦手なこと、やったことがないこともやる必要があることがほとんど。
だから、村上龍が言うように「何をやって食べていきたいか」じゃなくて、「どうやったら食っていけるか」を考えるほうが最終的には上手くいくんじゃないか?
好きとか得意と思っていることで「できて楽しい!嬉しい!」「できなくて悔しい!イライラする!」って一喜一憂するよりも、どうでもいいこと・むしろやりたくないことを淡々と積み重ねるほうが充実感があるんじゃないか?
