まずは練習をしてから試合。
まずは基礎、基本をしっかり覚えてから試合。
試合には勝たなければならない。
この呪縛が日本のバスケレベルを停滞させて優れた選手を生み出しにくくしている。
練習するから試合に勝てるようになるんだ。
基礎、基本をみっちり叩きこむから選手は良いプレーができるようになるんだ。
勝つためには練習して、基礎・基本を選手に教えなければならない。
そう考えている指導者も多いんじゃないか?
しかし、海外の強豪国はそうじゃない。
まずは試合、遊びが先にある。
コーチに指示を出されないピックアップゲームで様々な年齢、体格、レベルの選手と一緒にプレーする。
そこでバスケットボールを、試合を楽しむ。
徹底的に試合を繰り返して上手くなって、その中でもプロになるような将来性のある選手が練習をする、基礎を学ぶ。
「練習したら上手になる」というのはありえない
ブラジルでは、学校でサッカーはやりません。学校でやらないから色々なことが出来るんです。日本では学校でやったらどうしてもマナーとかに拘束される文化ができてしまっています。
ブラジルでは、サッカーは遊びで始めます。日本では、「練習したら上手になる」と教えますよね。これは「勉強したら頭が良くなる」と同じで、学校の発想ですよね。僕からすると「練習したら上手になる」というのはありえないです。みんながみんな、上手くなれるはずがありません。それがスポーツの美しさでもありますから。
ブラジルでは、「上手になったら練習ができる」と教えます。要するに、スカウトされた人だけが練習する。将来性がない人は練習する必要がないんです。だって経費がかかりますから、クラブはプロになる可能性のある選手の為だけに予算を組みます。日本は部活動だから、全員に平等にやらせるところに違いがあります。
レブロンもスキルトレーナーのレッスンではなくピックアップゲームで上手くなってきたと語ってる。
You know how we got better as kids? We played against older kids because we knew if we lost, we had to wait a long-ass time before we got back on the court…That was our motivation. That pushed us. That’s how we got better.
俺たちが子供の頃、どうやって上手くなったと思う?年上の子供達を相手にしてたんだ。負ければ、また長い時間待たなければいけない(ピックアップゲームは勝ち残りが原則)。それがモチベーションだったんだ。それに後押しされて、上手くなったんだ。LeBron James AAU/ユーススポーツへの警報 by LeBron James|TMG athletics x Long Term Athlete Development
次の動画ではナッシュが育成年代のバスケがビジネス化されて選手たちはコーチや親からのプレッシャーの中でプレーしなければならず、早期から1つの競技に特化することで燃え尽きてしまい、子供たちが13歳そこらでスポーツを辞めてしまうことに言及しています。
レブロンはNBAに入って数年になるまではスキルトレーナーを雇っていなかったと言っている。
ルカも子供の頃は単にコーチがいただけでスキルトレーナーのような人はいなかったと。
彼らはピックアップゲームで上手くなり、試合を楽しみ、そこで創造性を磨いてきたと語っている。
スキルトレーナーやAAUのコーチが自分が有名になることを最重要視して過度に教え込むことで子どもたちから純粋なゲームの楽しさや創造性を奪っている。
元NBA選手のマットバーンズは子どもたちが個別練習を繰り返すことで個人のスキルは上がっているがオフボールやスクリーンなどのチームスキルが身についておらず、バスケットボールIQは低く、ただ1対1の自己中心的なバスケットボールが多いだけだと言っています。
Matt Barnes Believes American Kids Are More Skilled Than Ever But Lack IQ – Fadeaway World
つまり、指導者が過度に教え込むことで子どもたちはバスケが楽しくなくなる。
自らの直感や感覚でプレーを創造する楽しさを失っている。
試合に勝つためにこれをしろ、あれはするなという矯正が選手の創造力を殺す。
実際の試合とはかけ離れた状況での練習を行わせることでスキルは身に付くがチームプレーやIQは身に付かない。
レブロンをはじめとする多くの選手がピックアップゲームで上手くなってきたと語ります。
負ければ待たないといけないから勝ちたい。
年上の選手に勝つためにはどうすればいいか?自分のチームが勝つためにはどうすればいいか?
これらをコーチの指示なしで、自身で試合の中で感じなければならない。
試合の中でスキルを磨く。そのスキルをいつ、どこで使えばいいかを学ぶ。
タイミング、創造性、適応力、タフさ、ペース配分など試合の中だからこそ身に付く能力が最大限、磨かれる。
アメリカでさえ、多くのNBA選手がピックアップゲームの重要性を説いている。
ブラジルではサッカーを教えるようになってから優れた選手が生まれにくくなったと問題になっている。
それならやるべきことは子どもたちに試合の楽しさ、バスケの楽しさを最大限感じさせること。
指導者が手取り足取り、1から10まで教え込むのではなく自由にプレーさせること。
日本の選手は練習は上手いが試合になると下手になると言われる。
敵と味方が存在しない練習では決められた動きを綺麗に素早く行うことができるけど、試合になってディフェンスにつかれた瞬間にドリブルが突けなくなる、シュートが入らなくなる、パスが出せない、オフボールの動きが分からない。
練習してきたパターンや戦術がそのままハマれば強いが、想定外の状況に一瞬で反応してプレーを創る力は弱い。
「日本人はプレッシャーがかかっていなければ世界で一番うまいかもしれない」
アーセン・ベンゲル
私は日本人は試合経験、特に組織化・構造化されていない試合の経験が少ないと思ってて。
近所の子どもで集まって試合をする。年齢も体格もバスケのレベルもバラバラ。
大人からの口出しがない状態で自分で試合中に起こる課題や問題に向き合って解決しなければいけない。
それらの経験が海外の強豪国に比べて圧倒的に少ないんじゃないかと。
戦術やセットプレーが決まってて、常にコーチからの指示が飛んできて、ドリル練習・パターン練習が多くて、このプレーをしろ・このプレーはするな、ここに動け・この場面では止まっていろみたいに「いつ、どこで、何をするか」があらかじめ決められている状態でプレーすることが多すぎるんじゃないかと。
で、子どもの頃は日本人のほうが上手く見える、試合にも勝てるように見える。
しかし、大人になると強豪国相手にはなかなか勝てない。
私は中学生くらいまでは勝つための練習や基礎練習は必要ないし、全国大会もいらないと思う。
子どもたちは試合を思い切り楽しんで、バスケ以外のスポーツもやって、スポーツ以外でも色んな経験をして。
それでいいじゃんって。
大人が子どもたちにプロになれって言ってなれることはないわけで。
プロになれる選手なんて本当に一握りだし、バスケを職業にできない選手に厳しい練習や退屈な基礎練習が必要とは思えない。
実際、小学校→中学校→高校→大学→社会人とカテゴリーが上がっていくにつれて競技人口はドンドン減る。
私の同級生や先輩、後輩でバスケを続けている人間なんて本当に少ない。
繰り返しになるけど、ブラジルでは試合で上手くなった選手がプロチームにスカウトされて練習をする。
アメリカでも中学校までは遊び・レクリエーションとしてのバスケで試合で上手くなった選手が高校の年代から学校の代表チームに入れたり、トライアウトで受かってから勝つための練習をする。
(もちろん、スカウトされなかったりトライアウトに落ちた選手はそれで終わりってわけじゃなくてピックアップゲームで腕を磨いたり、別のチームや次回のトライアウトを受けることもできるわけだけど。)
最初は試合を楽しむ。遊びの中で勝つ喜びや負ける悔しさを学ぶ。
大人にやらされるバスケじゃなくて、自分がやりたいからやるバスケ。
そこが原点じゃないといけない。
最初からやらされるバスケだとコーチや親のプレッシャーからバスケが楽しくなくなって、「もうバスケはいいわ」と離れる子どもを大量生産してしまう。
その中には続けていれば物凄い選手になれたかもしれない子どもも多くいるはず。
試合の前に練習をしなければならない。
この常識を疑い、最初っから試合を楽しめばいい。
これが新しい当たり前になったとき、日本のバスケはもっと強くなるはず。
選手は試合の前に本当に基礎を身につける必要があるのか?
基礎、基本が大事だ。基本ができなければバスケをプレーできるはずがない。
この言葉は1ミリも疑う余地のない常識、固定概念としてあなたの頭にもこびりついているかもしれない。
確かに多くのNBA選手や有名なコーチも基本が大事だ!と言っている。
しかし、私はこの常識を疑いたい。
選手たちは本当に試合をプレーする前に基本を学び、習得する必要があるのか?と。
「基本」を信じる指導者は伝統的なスリーメンやスクエアパス、ディフェンスフットワーク、シュートドリル、などの基礎練習を反復すれば、選手が試合で何をするべきかを明確に理解できると考える。
しかし、これらは間違っている。
試合を見れば、それらの練習では決して対応できないプレーがどれだけ多いかが分かる。
試合をする前にプレーや動きをあらかじめ教えることは実際の選手の学習メカニズムとは適合しない。
選手たちのスキルのレベル、上達スピード、得意なプレー、苦手なプレー、身長、体格、身体能力、役割は異なる。
そして、時間が経つにつれて上手くなる、苦手なプレーを克服する、身長が伸びる、スピードが上がるなどこれらの要素は常に変化する。
全ての子どもが生まれてから11か月と25日後に歩き始めるのか?
当然だがそんなことはない。
つまり、「基本」を教えて全ての選手が同じように試合で練習したことを使えるようになることはあり得ない。
同じスキルでも習得に数週間で済む選手もいれば数か月かかる選手もいる。
同じ動きでも無意識で試合で表現できる選手もいれば、どれだけ意識しても試合で効果的に使えない選手もいる。
それなのに指導者は基本が大事だと謳って全ての選手が同じ動きを反復する練習を詰め込む。
基本が大事だという考えは成功した選手やコーチの口から度々聞かれる。
しかし、基本を徹底しない練習や指導法で成功した選手や指導者は本当にゼロなのか?
選手の上達に最も貢献したのは基本の徹底ではなく、試合の繰り返しだった可能性は?
もし、基本練習の反復よりも遥かに多くの選手を大きく上達させる練習方法があったとしたら?
指導者が「俺はこのやり方で上手くなった」「基本の徹底が選手のためになり、試合に勝てるんだ」と自分が快適に感じるものをより良い方法に変えることを恐れているのでは?
基本、と聞いてあなたは何を思い浮かべるでしょうか?
チェストパス、右サイドからは右手で・左サイドからは左手でレイアップを打つこと、キレイなシュートフォームを身につけること、その場から動かないハンドリング・ドリブルドリルなどではないでしょうか?
しかし、敵と味方がいない状態であらかじめ決められた動きを反復することが本当にスキルの向上に繋がるでしょうか?
「基本」という言葉からは選手がどのようにして試合で使えるスキルを身につけていくのか?という条件や状況ではなく、試合から切り取った具体的な動きが思い浮かぶ。
多くの指導者は運動スキルの学習メカニズムや本当にその練習が試合に生きるのか?という根拠を考えないまま「基本が大事」という常識に縛られて選手に決まった動きを反復させている。
この誤解が選手が潜在能力を発揮することを妨げ、バスケの楽しさを味わえない原因になっている。
「まずは基本」という理論はバスケットボールのスキルを教えるために指導者が動きやプレーを提示して、それらを選手がそっくりそのまま真似しなければならないとを強制する。
基本とされるプレーをまずは覚えてスムーズに出来るようになってから、より高度なテクニックや対人練習・試合に進み、練習でやったことが考えなくても試合に出てきて上手くプレーできるというアプローチ。
コーチはドリル練習やパターン練習で全ての選手に同じ動き、同じテクニックを反復させる。
ダブルクラッチやフローターを外すと、逃げるな!普通のレイアップを打て!と指示したり、ノールックパスやビハインドバックパスを使おうとするとチェストパスを使えと指示する。
このように若い選手が年齢を重ねてからそれらの高度なレイアップやパスを行うために基本が必要だと考えている。
しかし、レベルが上がってくると選手たちは指導者から使うなと言われてきた「基本ではない」テクニックを使う必要が出てくるし、それらを試合で使えるようになるためにもう一度スキルを学び直さなければならない。
試合には必ず基本のプレーだけでは対応できない場面が出てくる。
普通のレイアップだとブロックされるからダブルクラッチやフローターでフィニッシュする。
チェストパスだと読まれる、時間がかかるからノールックパスやビハインドバックパス、ワンハンドパスを使う。
試合で必要な以上、それらのプレーも全て「基本」であり出来るようになっておかなければならない。
それを派手だから、まだ教えるのが早いからと言って禁止するのはセンスがなさすぎる。
バスケの試合では全く同じ状況は二度と繰り返されることはない。
自分がコートのどこにいるか、ボールを持っているか・持っていないか、敵と味方の位置、勝てる所と勝てない所、残り時間と点差、疲労度などは決して同じではなく刻々と変わる。
つまり、全てプレーは目の前のプレーの状況によって、選手によって異なっていなければならないはずなのに指導者はあらかじめ決められた同じ動きを選手に反復させる。
基本を繰り返せば、それがそのまま何度でも試合で使えると。
しかし、実際の試合では選手は目の前のプレーに反応して、状況に対応して異なる方法でプレーしなければならない。
ドリル練習で死ぬほど反復した動きや試合になると全く出てこない、通用しないという経験を私は何度もしてきた。
それはあらかじめプログラムされた動きを繰り返せばいいだけの練習とは違って、試合になると敵の反応や味方のポジションに合わせて「どのスキルを、いつ、どこで使うか」を判断しなければならないから。
ほとんどの基本練習と呼ばれるものはスキルを使う前の状況や、そのスキルを使った後に何をするべきかという文脈がゴッソリ抜け落ちていることが多い。
だから、どれだけ練習で基本や基礎の動きがキレイに速くできても試合になると練習した動きを表現できない。
バスケの上達は非線形だ。
1+1=2のように各々の要素を足し合わせた結果、比例した結果(線形)とはならない。
様々なドリブルテクニックができるようにコーンドリブルを繰り返す、パスが正確になるように対面パスやスクエアパスを繰り返す、速攻の形を覚えてスピードに乗った状態のレイアップを落とさないためにスリーメンを繰り返す。
しかし、試合の一部分を切り取った動きを敵と味が存在しない状態で速く正確に繰り返すことができるようにしてもバスケが上手くなったということにはならない。
魚の生命を調べるために解剖して筋肉や内臓の働きを分析して後から貼り合わせても再び元気に泳ぎ回ることはない。
ある人の顔を構成する目、口、鼻などの各部分についてどれほど詳しい情報をもっていても、その人固有の「顔つき」は分からない。
アリストテレスが「全体とは、部分の総和以上のなにかである 」と言っているように。
バスケットボールの中にある動きを切り取って反復して、それを後から貼り合わせてもバスケットボールにはならない。
ドリブルやパス、戦術についてどれだけ詳しくなったとしてもそれはバスケットボールの理解が深まったことにはならない。
バスケはそれぞれの要素が複雑に絡み合い、相互に作用して単なる足し算や比例関係で表すことはできない。(非線形)
選手の個性、レベル、身体能力・体格、疲労度、チームの戦術、敵や味方との相性、点差、残り時間、コーチからの指示、選手がこれまでにしてきた経験…
例えばシャックとアイバーソンのプレースタイルや体格は全然違う。
アイバーソンにシャックのようなポストプレーをしろと言っても出来ないだろうし、シャックにアイバーソンのようなアウトサイドからのスコアリングを磨けと言っても持っている力を十分に発揮できない。
クリスポールとニコラヨキッチはアシストが得意ですがポールはピック&ロールからのパスが持ち味だし、ヨキッチはポストプレーからのパスが得意。
レイジョンロンドはパスを散らす純粋なポイントガードだが、ウェストブルックは果敢にリムアタックして自ら点を取るプレーが多い。
アメリカ出身の選手とヨーロッパ出身の選手では大人になるまでにしてきた練習やバスケのスタイルは違うだろうし。
進学先の学校でコーチから自分の持ち味ではないスタイルや役割を強制されることもあるかもしれない。
靭帯断裂などの大ケガを負えば以前のようにプレーできなくなるかもしれない。
アイバーソンは貧困から抜け出して家族を助けるために周りから何と言われようとNBA選手になるしかないと誓った。
一方でコービーやカリーの親は元NBA選手でアイバーソンに比べれば裕福だっただろうし、父親に連れられてプロの選手や舞台が身近にあったかもしれない。
私が言いたいのはNBA選手たちのプレースタイル、長所・短所、ケガの経歴、どこの学校に進学して誰にバスケを教わったか、家庭環境はどうだったか、どれくらいバスケに時間を費やしてきたかなどは選手によって違うってこと。
そして、それらの要素が複雑に絡み合い、相互に作用して選手たちはバスケが上手くなってきた。
そこに共通する絶対的な法則や公式は存在しない。
レブロンと全く同じ人生をトレースすればNBAのスーパースターになれるなんてことはない。
同じ指導者に教わっていてもプロになる選手もいれば、なれない選手もいる。
幼少期からバスケに打ち込んでいるのに上手くならない選手もいれば高校からバスケを始めてプロになる選手もいる。
将来を期待される学生のスターがケガで消えることもある。
ここであなたに考えてほしい問いがある。
常識、当たり前だと言われている指導法や練習メニュー、トレーニングを選手たちがやらなかったら本当に選手は上手くなることができなかったのだろうか?
基本練習をみっちりやらせることで選手たちの創造性を奪っているかもしれない。
それがなければ選手は創造性が鍛えられ、大人になる頃に素晴らしい選手になったかもしれない。
基本を死ぬほど時間をかけて練習している間に実戦・試合で上手くなっている選手たちに追い抜かれるかもしれない。
指導者がこれをやれ、あれをするなと選手に教え込む。
それがなければ選手は自分の個性を磨き上げたかもしれない。
その指導が選手の長所を殺して自信を奪い、伸びにくくしているかもしれない。
勝つことにこだわって厳しい練習をさせる、戦術を徹底させる、ミスをしたら叱る。
そのプレッシャーやきつさが選手からバスケの楽しみを奪い、バスケから離れる原因を作っているかもしれない。
アイバーソンがウェイトトレーニングを必死にやってボディビルダーのような筋肉をつけていれば彼はより優れた選手になっていたのだろうか?増量によって彼のしなやかで素早い動きが失われていたのでは?
レブロンやコービー、マグレディは高卒でNBA入りしたけど大学に進学していたほうがより優れた選手になったのか?
もし大学に進学していたとしたら監督や戦術、チームでの役割がフィットせずにあまり伸びなかったかもしれない。
今では高卒からのNBA入りは禁止されているけど、大学に行かないほうがNBAでスターになる可能性があった選手も多くいるはず。
NBAですら移籍した途端、コーチが変わった途端に成績を大きく上げる選手もいれば大きく下げる選手もいる。
バスケの上達は非線形。
1+1=2のように絶対的な、再現性のある公式で表されることはない。
全ての選手に同じテクニック、同じ練習メニューをやらせて、同じプレーや動きのパターンを覚えさせれば全員が同じように上手くなるなんてことはあり得ない。
選手によって才能や環境、表現できるスキルやテクニック、スタイルは異なる。
それならば常識とされている「基本」を教え込むよりも彼らが自らのプレーを表現できる条件や状況でプレーさせるべきでは?
試合から切り取った1つの動きを丸暗記させるのではなく、試合の状況に応じて異なるスキルで打開できる能力が身に付く練習をさせるべきでは?
私はこれまでのバスケ人生を振り返って部活から離れて試合を徹底的に繰り返すようになってから一番上手くなったと断言できる。
そして、試合を徹底的に繰り返してはじめて基本の重要性が分かった。
部活時代に死ぬほどやらされたドリル練習やパターン練習の動きが試合でどう生きるかを理解できた。
それらの動きの中には自分が試合では表現できないものもあったと大人になってから分かった。
ハッキリ言って並みの凡人選手が基本を死ぬほど練習したらプロになれることはないし。
プロになれるレベルの選手はスリーメンやシュートドリルをほとんどやらなかったとしてもプロになれただろう。
それだけバスケにおいて「才能」という壁は厳然として存在する。
選手は試合の前に基本を学ばなければプレーすることはできない。
本当にそうだろうか?
選手たちは自らの経験から何も学ぶことができないのか?
全て大人が教えなければ本当にプレーできないのか?
選手は、子どもたちは大人が思ってるほどバカじゃない。
自ら学ぶ力を持っている。
勝利至上主義が子どもの可能性をぶっ潰している。
指導者がなぜ練習させるのか?なぜ基本を徹底させようとするのか?
それは選手を、チームを試合に勝たせるためだろう。
もちろん、プロだったり、これからプロに行く可能性がある選手が多くいるチームはそれらの練習も必要だ。
しかし、プロになる可能性がないほとんどの若い選手にとって必要のない練習や指示が多すぎるのではないか?
実際の試合からかけ離れた、あらかじめ決められた動きをプログラミングされたロボットのように反復させる練習。
そこには瞬間瞬間で敵と駆け引きして味方と連携してプレーを創造する楽しさも自分を表現する喜びもない。
これをしろ、あれはするな、なんで出来ないんだ、どうして何回言っても分からないんだと目先の勝利にこだわりすぎて、子どもたちに重すぎるプレッシャーをかけて、選手からバスケの楽しさを奪っているのではないか?
スリーメンやシュートドリルのほうが試合よりも楽しい選手はいないだろう。
試合が一番楽しいはず。
その試合で敵を出し抜いて、味方と連携して、自分を表現することにバスケの醍醐味が詰まってるはず。
バスケの入り口は試合であるべきだし、遊びであるべき。
まずはバスケを心の底から「マジで楽しすぎる!もっとプレーしたい!もっと上手くなりたい」と思えるか?
その次のステップとして将来性のある選手が勝ちにこだわる練習や戦術を覚えればいい。
遊びの楽しいバスケがあってから競技の厳しいバスケがある。
しかし、日本では全ての選手にはじめから競技の厳しいバスケを強制することが多いのではないか?
勝つために過剰な指示や練習をやらせて若い年代でも大人顔負けの戦術を展開することもある。
しかし、そこに選手の意志や創造性はあるのだろうか?
監督に言われたことを忠実に守るだけのロボットのような選手を生み出していないだろうか?
選手という人間ではなく監督の操り人形がプレーしているような状況になってないだろうか?
若い年代だと戦術や約束事を徹底しているチームのほうが勝ちやすい。
選手ごとの役割や動きを決めて反復させて、それを試合で再現すれば勝ててしまう。
しかし、そのような指導で育ってきた選手はコーチから言われたことを忠実にこなすことはできるが、個人技や決定力、一瞬の閃きや創造性を身につけないまま大人になる。
一方、遊びの試合・ピックアップゲームで育ってきた選手は大人の指示に縛られず、死ぬほど試合を経験するなかで敵との駆け引き、味方との連携、寄せ集めのチームで何をすれば勝てるかを自分の力で学んでいく。
敵のプレッシャーがある状態でもプレーできる、チームメイトを感じながらプレーできる、敵の弱いところを攻める、格上相手でも通用する部分は何かを探す、誰にシュートを打たせるのかを感じる、チームメイトのレベルやスタイルに合わせて積極的に点を取りに行ったり、反対に得点力が高い選手にパスを回すなど試合に勝つためのポイントを覚えていく。
指導者に言われたことを丸暗記して再現するのではなく、自ら目の前のプレーを感じて瞬時にプレーを創造する。
大人になるにつれて、レベルが上がるにつれて戦術だけでは絶対にフリーが作れない場面が出てくる。
そのときに必要なのは結局、個の力。一人で敵のディフェンスを崩す力。
自らシュートをクリエイトできる・ドライブで抜ける選手が集まったチームが行う戦術とパスしかできない・一人で局面を打開できないチームが行う戦術では強さ・幅・引き出しに大きな差が出る。
組織化されていないチームで個の力を身につけた選手たちが代表・選抜チームやプロを目指すようなチームに所属して戦術を学ぶのと個の力が不足している選手がはじめから試合に勝つために戦術や約束事を学ぶのでは意味合いが全然違ってくる。ワケが全然違う。
個の力は選手が何にも縛られず、直感・感覚・閃きでプレーすることで最大限磨かれる。
日本では最初から競技としての、勝つためのバスケを教えて選手からバスケの楽しみを奪い、プロでもないのにバスケから引退する選手を大量生産する。
街中の至るところにコートがあっていつでも、どこでも、誰とでも試合ができるアメリカとは違って所属しているチームの練習のときにしかプレーできないことも多いだろうし。
大人になってから、部活を引退して指導者がいなくなってからやっと自分でプレーする喜びを味わうことができる。
多くのNBA選手やコーチが言うように確かに練習や基礎は重要だ。
しかし、それは勝つことを追求しなければならないプロのチームだからであり個の力が優れた選手をまとめるためのもの。
早くても高校、なんなら大学くらいのレベルからやればいいことで小中学生に戦術や基本の練習をさせる必要はない。
私は中学2年の頃からバスケを始めたけど、そのときはテニス部に入っていた。
(途中からでもバスケ部に入りたかったけどヤンキー・不良のたまり場だったから入れなかった。)
部活ではテニスをして空いている時間で一人でドリブル練習をしたり、近くの公園のリングでシュートして。
週に1~2回、近所の施設の半面コートで同年代や高校生、大人の人と1対1や3対3をして遊んでいた。
当時は部活に入ったらもっとバスケができるのにって思っていたけど、今振り返れば良かった部分も多大にあった。
自分でプレーする楽しさを存分に味わえたし、年上の選手相手に通用するためにはどうプレーすればいいかを学べた。
年上の選手や大人はどうプレーすればいいかを時に厳しく、時に楽しく教えてくれた。
基礎練習をやったことなんてほとんどなかったけどシュートを打てるようになったし、ドリブルも上手くなった。
大会や公式戦に出たことはなかったけど、だからこそ変なプレッシャーもなくて純粋にバスケを楽しめた。
バスケが楽しいっていう原点があるから今でもバスケを続けてる。
小学校は野球、中学校はテニスしながらバスケ、高校からはバスケに専念と色んなスポーツをやってきたから燃え尽きなかったっていうのもあると思う。
(野球は監督から怒鳴られまくり、殴られまくって県大会で優勝したけどもう野球はいいわとやめたけど)
中学生くらいまでの年代は遊びの中で楽しくスキルを学べばいい。
それが長い目で見れば選手の潜在能力が最大限伸びるし、子どもからバスケの楽しさや面白さを奪わない。
このことは既に世界が証明している。
ブラジルはストリートサッカーが減ってスクールが増えて教えるようになって優れた選手が生まれにくくなった。
スペインのサッカーは子どもの頃から戦術を教えるけどストライカーや決定力を持った選手は生まれにくい。
アメリカでも幼い頃からスキルトレーナーに教えを乞うようになってピックアップゲームが減ったり、AAUでの多すぎる試合数、早期にバスケに特化すること、勝たなければならない・上手くさせなければならないという指導者や親のオーバーコーチングによって子どもたちが若くしてバスケから離れる問題がたびたび指摘されている。
You have a decision to make…do you want to help build basketball players
or do you want to just tell everybody you won your youth league.(ユースチームのコーチは)バスケットボール選手の育成に貢献したいのか、
それともユースリーグで優勝したことを皆に伝えたいのか、
自分の中ではっきりさせる必要があります。Stan Van Gundy
元NBAヘッドコーチ20年前にNBAヘッドコーチが感じた育成の問題点|TMG athletics x Long Term Athlete Development
オマエは子どもたちにバスケを楽しみ、上手くなる面白さを教えたいのか?
それとも目先の試合に勝つことにこだわって自己満足に浸ること、周りの人間から強いチームですねと褒められることが目的で指導者をやってるのか?
この問いを全ての指導者は今一度考えるべき。
もちろん、素晴らしい指導者もいるだろう。
しかし、子どもたちを自らの承認欲求や自己満足の道具にしている指導者もまだまだ多いのではないか?
伝統や古くから行われていることには優れた部分もあるかもしれないが、それと同時に変えるべきところもあるはず。
昔からあるから、それが常識だから、結果が出ているから、実績・証拠が不十分だからと思考することを放棄して自分の頭の中にあるものにこだわることで選手の才能を潰しているかもしれない。
まずは練習、まずは基礎、とにかく勝利。
そこから
まずは試合、将来性のある選手が基礎・基本、勝つことよりも楽しむこと。
これが日本で徹底されれば今よりもレベルが高い選手が
遥かに
多く生まれるはず。

